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2014年6月3日、シリアで大統領選挙が行われました。
得票率88.7%でバッシャ―ル・アル=アサドが3期目の当選を決めました。 反体制派の多くは大統領選挙をボイコットし、正統性は皆無と主張しました。 しかし、当選したばかりのアサド大統領に早くも試練が訪れたのです…。 ISILが「イスラム国(IS)」と称するイスラム原理主義の国家をシリアのラッカを「首都」として建国宣言したのです。 ISは最高指導者のアブ―・バクル・アル=バグダディをカリフと称する体制を作り上げたのです。 崩壊したイラクの旧フセイン政権から元幹部を迎え、国家運営やイラク軍式の訓練を施されて急速に強大化しました。 そして反政府組織からの支援によってシリア政府を窮地に陥れたのです…。 更にISはイラクにも侵攻を開始し、バグダッド近郊まで進出するなど勢力を拡大しました。 イラクのテロ組織が国家をも脅かす存在になってしまったのです。 これがシリアのアサド独裁政権の最大の誤算でしょう。 参照した情報ソースはこちら PR |
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シリア市民の民主化運動が反政府武力闘争に移行していきました。
しかし、反政府組織同士の対立などからシリア政府軍が反撃に転じました。 そしてシリア政府が鎮圧に成功するかに見えました。 しかし、大きな誤算が生じたのです。 IS(自称・イスラム国)の台頭です。 創設者はヨルダン人のアブ―・ムスアブ・アッ=ザルカウィー。 戦争後に混乱したイラクに潜入して「タウヒードとジハード集団」を結成して活動を開始します。 2004年10月、日本人旅行者の香田証生さん(当時24歳)を人質にした後、殺害して日本に衝撃を与えました。 同じ頃にオサマ・ビンラディンにアルカイダへの合流を提案する書簡を送った後に「イラクの聖戦アルカイダ組織」を名乗ります。 2006年、ラマディーの警察署を襲撃してイラク人の支持を失ったことの対策としてスンニ派武装組織の統一機構である「ムジャヒディーン評議会」を編成しました。 その2006年…創設者のザルカウィーは米軍の爆撃によって殺害されました。 その後も後継者によって活動を続けることになります。 2006年10月、解散して他組織と統合し、「イラクのイスラム国(ISI)」と改称しました。 2013年4月、シリアのアル=ヌスラ戦線と合併して「イラクとレバントのイスラム国(ISIL)」と改称すると声明を出します(その後、アル=ヌスラ戦線はこれを否定)。 これにより、ISILはシリアへの関与強化を鮮明にしたのです。 このブログの情報ソースはこちら |
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2012年、国際連合の安全保障理事会はシリア政府を非難する決議案などを提示しますが、ロシア、中国が拒否権を発動して否決されました。
国際機関が様々な動きをしますが、シリア国内の激しい戦闘は終わることがありませんでした。 アサド政権打倒を目指す米国、英国などは反政府勢力に非軍事支援を行います。 2013年、シリアのアサド政権の化学兵器使用を根拠に米国、フランスが武力行使を主張しました。 これに対してロシア、中国が反対します。 ロシアはシリアの化学兵器を国際管理下に置き、シリアが化学兵器禁止条約に参加することを要請しました。 これに対してアサド大統領は要請に応じる用意があると回答します。 化学兵器廃棄に向けて米国とロシアは同意しました。 これにより米仏による攻撃は回避されたのです。 9月30日には化学兵器禁止機関による査察が開始されました。 大国による武力介入は阻止されましたが、反政府武装勢力との泥沼の戦いは続きます。 「シリアの春」はまだ遠い。 このブログの情報ソースはこちら |
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アサド家による長期独裁政権を終わらせ民主化を求めるシリア国民の切なる願いは戦乱へと移行していきました。
武装した集団はシリア政府はサラフィー主義のイスラム教徒たちであると主張しています。 アサド大統領は2011年7月、「国民との対話」を開くと表明しました。 しかし、野党勢力は「抗議行動に対する弾圧と政治犯の釈放」に応じなければ対話に参加しないと表明します。 アサド大統領はバース党の優位的な地位の撤廃を認めて国内での結党を認める法案を可決しました。 そして選挙の実施を表明するなどの妥協案を示しました。 8月には複数政党制を認める憲法改正を認めることを明らかにしました。 アサド大統領は国連のバン・ギムン事務総長に「反政府抗議行動に対する軍や治安部隊による作戦は停止した」と伝えるものの、それ以降も軍による弾圧の死者は増え続けました。 10月に国際連合の安全保障理事会決議採択が行われました。 シリア国民に対する同国当局の弾圧を非難する決議に9ヶ国が賛成、4ヶ国が棄権しました。 シリアの友好国であるロシアと中国は拒否権を行使しました。 まとめてみると、米国、英国、フランスなど欧米諸国はシリアの問題の責任はシリア政府にあり、圧力をかけるべきだという考えに対し、ロシアなどはシリアの各勢力に対して交渉のテーブルにつかせるべきだという点で考えに開きがあるようです。 見かねたアラブ連盟がシリアの加盟国としての立場の停止と政治的・経済的制裁を課す動きに出ました。 12月、アラブ連盟はシリア政府が平和的な解決を目指して流血を止めようとしているのか確認するための監視団を送りました。 国際社会はシリア問題を解決するため、様々な努力をしました。 しかし…。 外国の武装組織の流入が更に混乱に拍車をかけてしまうのです。 このブログの情報ソースはこちら |
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