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2011年1月…チュニジアで独裁者が追放されました。
「ジャスミン革命」と呼ばれる市民革命が起きたのです。 これをきっかけに中東で民主化運動が瞬く間に広がりました。 「アラブの春」と呼ばれるものです。 そして、そのうねりはシリアにまで到達したのです…。 シリアにおける民主化運動は最初はささやかなものでした。 焼身自殺による抗議表明や国外の小規模な抗議運動などです。 運動が勢いを得るには時間がかかりました。 そして…。 3月15日にシリア各地で大規模な民主化デモが頻発しました。 シリア政府は軍により制圧しようと試みるものの、デモは拡大を続けました。 アサド大統領は200名以内の政治犯を釈放し、更に時間を置いて長年続けていた非常事態法を撤廃しました。 しかし、デモは収まることはありませんでした。 シリア政府軍によるデモ隊に対する暴力的な弾圧は激しさを増しました。 国際社会はシリアを批判しました。 シリア政府は「イスラム主義者の扇動による暴動」と主張しました。 そして反政府抗議者の中に武装した集団が現れはじめました。 これによりシリアは迷宮から抜けられなくなるのです…。 参照したソースはこちら PR |
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去年、シリアを本拠地にするテロ組織・IS(イスラム国)が世界的に大きな問題になりました。
そして多くのシリア人が内戦を逃れてヨーロッパ各国に多くの難民となって押し寄せました。 なぜこんなに大混乱に陥ってしまったのでしょう。 この国は強権的な独裁者が支配していたはずです。 現在の大統領は2000年に先代のハ―フィズ・アル=アサド大統領が死去して息子のバッシャ―ル・アル=アサドが大統領に就任しました。 まるで北朝鮮のような世襲ですね。 しかし、後継したアサド大統領は強大な権限は行使せず、バース党による集団指導体制を行いました。 そして腐敗政治を一掃し、欧米との関係改善などを行うなどの改革を行いました。 「ダマスカスの春」と呼ばれる改革です。 しかし、バース党の守旧派などの抵抗などで思うように進展せず、米国によるイラクのサダム・フセイン体制の崩壊による警戒から一転して引き締め政策が行われるなど逆行してしまいました。 そして、「アラブの春」による民主化運動をきっかけにした混乱が始まってしまうのでした…。 参考にしたソースはこちらです。 |
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しばらくブログを休止しておりました。
その間に明治政府は財政再建に苦しんでいて(←関係ないだろw)、官営工場を民間に払い下げるなどしていました。 そしてついに群馬県の富岡製糸場の廃止が決定してしまったのでした…。 富岡製糸場はアメリカでの営業活動が実を結び「これから」という時でした。 全国から集まった女工たちの生活も破綻してしまいます。 県令の楫取素彦(大沢たかお)は富岡製糸場の存続を政府に訴えることを宣言します。 美和(井上真央)も女工たちと製糸場存続のために署名活動を開始しました。 一方、楫取素彦は美和の学びの場からヒントを得て女学校の設立を決めて美和と一緒に計画を進めます。 阿久沢権蔵(江守徹)はあからさまな手の平返しで全面的に賛成してヨイショします。 怪訝な様子の部下に阿久沢は「『風』が変わったのだ。これも政治だよ君。」と強かに答えます。 阿久沢は実現していない未来へ前向きに取り組む楫取の姿勢を評価したのでした。 楫取の政府への陳情が終わり、返ってきた政府の回答は…富岡製糸場の存続の知らせでした。 群馬県庁の職員や女工たちと喜びを分かち合う美和たち。 楫取素彦の妻・寿(優香)が亡き後、素彦と美和の絆を感じた阿久沢夫妻はそれぞれ「愛のキューピッド」になるべく奔走しますが…どうなりますことやら。 まるで架空の恋愛ドラマのようにもどかしくすれ違ってますね…実話なんだから観念すればいいのに(笑) 僕のブログで物足らない方はこちらのNHKのウェブサイトへどうぞ。 |
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群馬県令になった楫取素彦(大沢たかお)でしたが、飾り物扱い。
そんな時、紛失されたと思われていた吉田松陰の「留魂録」を目にして自分の足で県内を視察する決意をします。 美和(井上真央)も製糸業の女工たちに勉強の機会を与えようとしますが、阿久沢権蔵(江守徹)の妻・せい(三田佳子)の反対で上手くいきませんでした。その頃は女子供に教育は必要ない、という考えが根強かったのです。 そんな時、女工の一人・トメの夫が博打によって不当な証文に書かれてる内容を知らずに印を押してしまっていました。 それによって借金取りによって娘をさらわれようとしてる時、せいの仲介によって難を逃れました。 それを見た美和は「こんなことを繰り返していいのか」とせいに意見します。 熱心に説得する美和にせいも心を打たれて女工たちに教育を施すことを許します。 一方、県内を視察した楫取素彦は「子供たちが家族の面倒を見ながら教育を施すには家の近くに学校を作る必要がある」ことに気付き、県内の各所に学校を設置する計画を立てます。 群馬県が近代化に進みだしたその時、思わぬ事態が起こります。 生糸の値段が暴落を始めたのです(大ピーンチ!) 現在も東南アジアなどで家の事情などで学校に行けない子供たちがいます。 明治の日本も同じような事情を抱えていて欧米並みの教育環境にするまでに悪戦苦闘してたことがわかります。 海外との教育格差を知る政治家と保守的な庶民との温度差がよく描かれていましたね。 次回は生糸の大暴落の試練に立ち向かう群馬県民の奮闘ぶりが描かれるようですね。 現在の日本製品の厳しい品質管理のルーツがここに示されるのかもしれません。 |
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美和(井上真央)の故郷・山口県の萩では前原一誠(佐藤隆太)が意見書を中央政府に送り続けていました。
しかし、その願いを聞き入れられないと見るや、武装蜂起に踏み切るのでした。 「萩の乱」です。 美和の甥の吉田小太郎(広田亮平)が参戦し、同じく甥で東京で勉学に励む楫取久米次郎(市川理矩)も萩に戻って参戦しようとしていました。 美和は養子だったこともある久米次郎を止めるため、一緒に萩に戻ることを決めます。 反乱は圧倒的な武力で政府軍に鎮圧されていました。 小太郎は戦死していて叔父の玉木文之進(奥田瑛二)は切腹していました。 悲しみに沈む家族を美和は受け止めて癒すのでした。 しかし、「時期を逸した」と自暴自棄な発言をする久米次郎に美和は困惑していました。 群馬に戻った美和を出迎えたのは義兄の楫取素彦(大沢たかお)でした。 美和は素彦の胸で抑えていた悲しみをこらえきれずに泣き崩れるのでした。 新政府の木戸孝允(東山紀之)はせっかく維新に成功したのに長州の武士に「痛みを伴う改革」を理解してもらえず苦しんでいましたね。 不平等条約を解消するために武士階級を廃止し、四民平等の社会にしてアメリカに馬鹿にされない国を作る…。 海外視察の屈辱を晴らすために耐えていますね。 そのために薩摩・長州の武士たちと戦わねばならないのは非常に皮肉な結末です。 戦国時代の豊臣・徳川に比べて薩摩・長州のことが華々しく描かれないのはこのことが原因なのでしょうね。 |
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