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徳川家康(寺尾聰)から「次の天下人」として豊臣秀吉(竹中直人)から警戒されてることを知った黒田官兵衛(岡田准一)。 そこで官兵衛は忠誠心を示すために家督を嫡男の長政(松坂桃李)に譲ることを決断します。 まるで父・職隆(柴田恭平)が謀反の意志が無いことを示すために官兵衛に家督を譲ったように…。 しかし、家康の目の前で家臣たちが秀吉を諌める唯一の人材である官兵衛を分断させる企みを匂わせる会話をしております。 徳川家康の腹黒い策略だったのかもしれません。 秀吉の側室・茶々(二階堂ふみ)の懐妊の様子をからかう落書きに激怒した秀吉は疑わしき者を片っ端から処刑していきます。 この事態に大阪城に出向いた官兵衛は石田三成(田中圭)が制するのを振りはらって秀吉を諌めるのでした。 秀吉はようやく矛を収めて改めて官兵衛を再評価します。 そして家督を譲るのは認めたものの、個人として官兵衛に秀吉の側近として仕えるよう命じるのでした。 官兵衛も「そういうことなら…」と応じました。 秀吉が権勢を強めていくにつれ、台頭していく石田三成。 三成と対立を深めていく長政や福島正則(石黒英雄)、加藤清正(阿部進之介)たち。 一方、関東の小田原城では北条氏政(伊吹吾郎)が徳川家康の説得を撥ねつけて豊臣政権との対決姿勢を鮮明にしました。 秀吉の天下統一はいよいよ最終局面に入ったのです…。 PR |
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引用元
http://nozomi.2ch.sc/test/read.cgi/nhkdrama/1409743366/l50
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【まとめと感想】 先週、父に無断で宇都宮鎮房(しげふさ・村田雄浩)を暗殺した黒田長政(松坂桃李)。 リスクを冒してでも豊臣秀吉(竹中直人)から黒田家を守るための苦渋の決断でした。 これを受けて隣国に出陣中の父・官兵衛(岡田准一)も鎮房の嫡男・朝房(橋本淳)を殺害。 家を守るために過酷な決断をしなければならなかったことに黒田家臣一同、涙します。 秀吉は小西行長(忍成修吾)、加藤清正(阿部進之介)を九州に入れたのは中国大陸の明を攻める構想があったためだと言います。 亡き織田信長の「世界を見て回る」夢を違う方向で見てしまったような…? でもこの時代は世が混乱した戦国時代。 戦国の世で出来上がったシステムは容易に変えることができなかったのかもしれません…。 つまり奪い取った土地を配下の武将に与えて権力を維持する戦国ならではのシステム…。 李氏朝鮮や明にとっては恐ろしい隣国と言えたのかもしれません。 彼らが安堵する世になるまでは徳川の世を待たねばなりませんでした。 キリスト教宣教師にも言えることですが、神の愛を述べながら黒人奴隷を連れてくるなど現代人の感覚と違う部分が多々あります。 ただ、当時の日本の武力で世界制覇するには李氏朝鮮の李舜臣や中国・女真族のヌルハチ(清の初代皇帝)など大陸には強敵がゴロゴロ存在していて困難だったのではないかと思うのですが…。 天下取りの野心を秀吉に疑われて更に追い込まれる官兵衛。 あながち思い過ごしとは言えない事態が後の時代に起こるのですが…(^_^;) |
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【まとめと感想】 前回、出陣した黒田長政(松坂桃李)は宇都宮鎮房(しげふさ・村田雄浩)の罠にかかり、命からがら逃げかえってしまいました。 父・官兵衛(岡田准一)に激しく叱責された後、鎮房を討伐する策を考えるよう命じられた長政。 後に小早川隆景(鶴見辰吾)らと共にしていた父に進言した策は長政を窮地に陥れた狭い一本道を逆手に取って兵糧攻めにして、その間に周りの地侍を鎮圧してしまうというものでした。 その策が功を制して徐々に追い詰められる宇都宮鎮房。 最後には鎮房と和睦することになりました。 鎮房を許しては示しがつかないので官兵衛の配下にするという形で体裁をとることになりました。 しかし、それでは秀吉の怒りは治まりませんでした。 鎮房の厳罰を命ずる秀吉。 それでは黒田家の信用が失墜するという官兵衛。 そこで家臣の栗山善助(濱田岳)を大阪城へ使いに出しますが、交渉は失敗に終わります。 嫡男・長政はしばらく考えてましたが、意を決します。 長政は宇都宮鎮房を中津城に呼び出します。 長政は鎮房に酒を勧めます。 ただならぬ雰囲気を感じ取って震えながら応じる鎮房。 「では、次は酒の肴を…」と長政に勧められた時、鎮房は全てを悟りました。 「計ったな!」と斬りかかったのです。 しかし、長政は素早く反応して返り討ち。 長政は続いて待機している鎮房の家臣たちの始末を命じます。 高槻城では和田惟長が家臣だった高山右近(生田斗真)にこれと同じことをしようとして失敗したのでしたね(^_^;) 高槻と違って流石は名将・黒田長政です。 土佐の山内一豊もそうでしたが、豊前の黒田長政も流血の惨事を乗り越えて城主になったのですね。 福岡では有名な話なのでしょうか…。 度重なる黒田家の公約破り。秀吉の命令なので仕方が無いですが…。 どこかの政党もきっとこのような事情があったのでしょう(←ちょっと待て待てww) |
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マリン・チリッチ(クロアチア) 3-0 錦織圭
引用元 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140909-00010004-tennisd-spo チリッチが錦織をストレートで倒してGS初優勝 [全米テニス] THE TENNIS DAILY 9月9日(火)10時7分配信 8月25日~9月8日の日程で、アメリカ・ニューヨークで開催された全米オープン(グランドスラム/ハード)も幕を下ろした。 昨年の大会ではドーピング違反の処分中だったため、出場できなかったマリン・チリッチ(クロアチア)が、今では大会の優勝者となった。 チリッチにとって初となるグランドスラム・タイトルは、錦織圭(日清食品)を6-3 6-3 6-3、17本のサービスエースを奪って挙げたものとなった。チリッチは1ゲームで4本のサービスエースを奪ったゲームを披露したほか、準決勝でロジャー・フェデラー(スイス)を沈黙させたストロークでもパワフルさを見せつけての勝利だった。 チリッチは第14シード。対する錦織は第10シードで、アジア出身の選手としては初のグランドスラム決勝進出だった。 両者ともにグランドスラムの決勝は初で、初の決勝進出者同士の対戦は全米では1997年以来のこと。名勝負と呼ぶには2時間弱での決着は物足りないものとなった。 錦織は準決勝でノバク・ジョコビッチ(セルビア)を倒しての決勝進出で、2005年全豪以来となるフェデラーとジョコビッチ、ラファエル・ナダル(スペイン)以外で戦われる初の決勝となった。過去38大会のグランドスラムではこの3人で34度の優勝を果たしていた。 今大会のチリッチを含めて、全豪のスタン・バブリンカ(スイス)など、今まではセカンドグループと見なされていた選手たちが優勝に絡み始めている。 12ヵ月前のチリッチは、2013年5月のミュンヘンの大会中に実施されたドーピング検査で陽性反応が出たことによる出場停止処分中だった。国際テニス連盟(ITF)は彼に2年の出場停止処分を課したが、彼は薬局で買ったブドウ糖の錠剤を飲んだだけで、意図せずに物質を摂取したと主張。処分はアンフェアだと訴えていた。 チリッチがグランドスラムのベスト4に進出したのは2010年全豪で一度あるだけだった。彼はそのあと、自分のプレーを向上させるために努力を続けてきた。そして、この2週間の大会ではその成果を存分に見せつけた。特に強風と曇り空の下でのこの月曜日の決勝ではそれが顕著だった。 決勝を戦った二人は、プレースタイルでも体格でも対称的だ。 チリッチは6フィート6インチ(198cm)の長身で、強力なサービスとほかの選手たち以上に大きなリーチを持っている。 対する錦織は5フィート10インチ(178cm)で、チリッチとの身長の差は8インチ(20cm)もある。この身長の差はオープン化以降のグランドスラムの決勝ではもっとも大きな差だった。錦織は鋭いリターンで試合を組み立て、それに持ち前のスピードとライジングでベースラインから自在にボールを操る能力が武器の選手だ。 だが、それらもまた、お互いに似た者同士だった。 錦織は24歳で、チリッチは25歳。それぞれのコーチはグランドスラムの優勝経験者でもある。チリッチには2001年ウィンブルドン覇者のゴラン・イバニセビッチが就き、錦織には1989年全仏覇者のマイケル・チャンが就いている。 午後5時に両者がアーサー・アッシュ・スタジアムに入場したときには、観客席にはまだ観客たちがほとんど席に着いていなかった。日本時間では午前6時。しかし、日本のファンたちはテレビの前で錦織に声援を送っていたはずだ。 両者は全米では過去2度の対戦があり、2010年の2回戦では錦織が、2012年の3回戦ではチリッチが勝っていた。 チリッチは第1セットの最後の20ポイント中19ポイントを奪うプレーを見せた。3本のサービスエースが鍵となったが、そのうちの1本は134マイル(時速約216km)を計測していた。 錦織にとってもっとも厄介だったのは、ストロークでのラリーが少なかったことだろう。時折あったロングラリーもチリッチに持っていかれる場面が目についた。 スタートに失敗した錦織は、強風にも影響されたのか、あるいはこの2試合でそれぞれ4時間以上戦ってきた疲れからくるものなのか、ショットの精度を欠いていた。あるいは彼の肩に彼自身はもちろん、彼の母国からの期待がのしかかり、単に緊張していたのかもしれない。 錦織は第1セットでは4本のミスを犯してチリッチに2-4とリードされた。 第2セットでも先に2-1とリードしたのはチリッチで、錦織は3本あったブレークチャンスを逃している。 最後となったセットでは、錦織は1度しかプレークを許さなかったが、それだけでは十分ではなく、2-4とリードされたところで、最後のチャンスがきた。錦織はここで3本のブレークチャンスを握ったが、1本はサービスエースで、2本目は錦織がセカンドサービスに対してリターンで叩いたがネットにかけ、万事休すとなってしまった。(C)AP (テニスデイリー/THE TENNIS DAILY) |
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